これらの唐辛子にはハバネロの風味がつまっていて — ヒリヒリする辛味がない。
文:アンドリュー・ムーア (Andrew Moore)
翻訳:浅野 綾子
友人の菜園にいると、私が手に持っている小さな赤トウガラシは食べて大丈夫だからと言われました。「かじってみて!」と彼女は言いました。「絶対大丈夫だから」。問題のそのトウガラシは、世界で最も辛いトウガラシであるハバネロそっくりの見かけと香りでした。かじってみたら間違いなく、くちびるも、舌も、のども焼けるにちがいない。まさにハバネロのように。
そう思えました。前歯でおそるおそる少しかじってみました。ハバネロの特徴的な風味と香りが口と鼻孔いっぱいに広がりましたが、焼けるような辛さはまったく襲ってきませんでした。ふた口目をかじった後でも同じでした。種をかんで飲み込んだ時も辛さは襲ってきませんでした。種の部分は、元々トウガラシの一番辛い部分です。つまり、友人は私をからかったわけではなかったのです。本当にこのトウガラシには辛味がまったくありませんでした。
どうやってこのようなトウガラシができたのでしょう。植物学的に不適応だったのでしょうか。それとも、誰かが意図的に辛味を取り除いたのでしょうか。トウガラシ愛好家の多くはこのような考えに納得しないでしょう。トウガラシに辛味がぎっしりつまっていなかったら、何の意味があるのか。それでも、私には意味がありました。辛さで大変になる思いを全然しないで、ハバネロのような見かけのトウガラシを丸ごと生でかじって喜んでいたのです。
その「辛くないハバネロ」の最後のかけらを飲み込んだ時、この不思議なトウガラシの実には、柑橘類のようなフルーティーで独特の風味があることに気づきました。焼けるような辛さがなかったので、この舌に快い特質に気づいて、その風味をよく理解することができました。
歴史的に辛い
ハバネロは、世界でも一番辛いトウガラシの仲間です。南アメリカ原産だと考えられていますが、メキシコのユカタン半島における文化的・経済的な重要物産としての高みへのぼりつめました。今やユカタン半島では、世界中のハバネロの大半が栽培されています。
スコヴィル値は、それぞれのトウガラシの実のカプサイシンレベルを測定して辛味を知る 1 つの方法です。カプサイシンは、辛味を出すトウガラシの成分です。ピーマンは、カプサイシンが含まれていないのでスコヴィル値は最低点となり、スコヴィル辛味単位はゼロの値が出ます。ハラペーニョは相当辛く、スコヴィル辛味単位は 8,000 まで出ることがあります。この単位の最高域に位置するハバネロでは、もっとも辛い場合、スコヴィル辛味単位にして激辛の 35 万をたたき出します。
ハバネロはとんでもなく辛いです。「トウガラシの文化誌(In Peppers: A Story of Hot Pursuits:晶文社 1997)」の中で、著者アマール・ナージはある種類のハバネロをかじってみた時のことを語っています。「ハバネロをかじると、突き刺すような、乱暴な衝撃がくる。でも、すぐにそれは消えてしまい、辛さを和らげるような香りの感覚が残る。ハバネロを食べた人はこの穏やかな幸福感につつまれて、ちょっと前に容赦なくひどい目にあわされたことをほとんど忘れてしまうのだ」
何年もの間、このオレンジ色のランタン型のトウガラシは、それそのものが辛さをあらわすものとなっています。ですから、テキサス州でトウガラシを栽培するビル・アダムス (Bill Adams) が辛さ控えめのハバネロのようなトウガラシを発見した時は、画期的発見となりました。アダムスはこのトウガラシの種をニューメキシコ州立大学のチリペッパー・インスティテュート (Chile Pepper Institute) に寄付し、その後そのインスティテュートでは、一般に発表するための選抜種を見つける栽培試験が行われました。
その選抜種は「ヌメックス・スワベ・レッド (NuMex Suave Red) 」と「ヌメックス・スワベ・オレンジ (NuMex Suave Orange)」(「スワベ」はスペイン語で、「やわらかい」、「まろやかな」、または「なめらかな」という意味)の品種となりました。これらのトウガラシは辛味がまったくないわけではありませんが、平均的なハバネロと比べると穏やかな辛さです。「トウガラシをたくさん食べる人なら、あまりに辛さが穏やかなので、その辛さに気づけないかもしれません」と、ニューメキシコ州立大学の Chile Pepper Breeding and Genetics Program(仮称:チリペッパー品種改良・遺伝学プログラム)の上級調査員であるダニス・クーン (Danise Coon) 氏は言います。「でも、これらのトウガラシには、標準的なハバネロとまったく同じ香りと風味があるのです」
「ハバナダ」を栽培する
「ハバナダ」トウガラシを栽培するには、終霜の季節から 10~12 週前に屋内で種まきします。屋外での苗の定植は、終霜から 2~4 週間後になるように計画しましょう。苗を育てるには、屋内に置いた、pH6.5 の土をつめた水はけの良い苗床に 10cm ほど離して種をまきます。それぞれ育苗ポットで育苗することもできます。新芽は種をまいてから 2 週間程してから出てきます。
苗を菜園に移す際は、少なくとも 30cm は離しましょう。「ハバナダ」の苗はずんぐりしていて茎葉が旺盛に茂りますから、茎葉を伸ばすのに十分な場所が必要です。苗は大きくなると高さ 120~150cm になります。「ハバナダ」トウガラシはトレリスを使ってもよく育ちます。手をかければ収穫量は増えます。
定植が終わり次第、水をたっぷりやりましょう。そうすれば定植によるショックから回復するのに役立ちます。その後、2 週間ごとに肥料をあげましょう。
「ハバナダ」品種のトウガラシは熟すのに 100 日程度かかります。大きさは 5~7.5cm にしかなりません。辛抱強く待つことがこれらのトウガラシ栽培の鍵です。手をかけて待つことで、結果として見合った収穫が得られます。
「ハバナダ (Habanada)」
この発見の後、ニューメキシコ州立大学は同大学のシードバンクの 1 つでその選抜種とは別の、辛さ控えめなハバネロを発見しました。大学のスタッフはその種をいくつかコーネル大学に送り、そこでその種はマイケル・マズレク (Michael Mazourek) という一人の大学院生の手にわたりました。今ではコーネル大学の植物育種学と遺伝学の准教授となっているマズレク氏は、これらのトウガラシに研究課題としてだけではなく、風味の点でも惹きつけられました。「ハバネロは美味しいです」とマズレク氏は言います。「もっと食べられたらと思いました」
マズレク氏によれば、研究課題の起点となったトウガラシは辛さ控えめで、同様に風味も控えめだったそうです。マズレク氏の課題は、ハバネロが持つ香りを完全に備えながらも、辛さをまったく感じさせないトウガラシを作り出すことでした。
マズレク氏は植物育種学をキッチンでの作業になぞらえます。「料理のようなものです」とマズレク氏は言います。「調味料をいくらか足して、かきまぜて味を見ることもある。それからもっと何か必要かを決めることもできるんですよね」
2008 年、マズレク氏は新しいトウガラシを一般に公表しました。「ハバナダ」トウガラシ(この「ナダ」は辛味がないことを意味します)は、色はマンダリンオレンジ、形は実の下端つまり頂点にむかって先細っています。マズレク氏はこのトウガラシの実の形(デコボコしてうねっている)は、これまでのハバネロとは異なるようにあえて選抜されたと言います。
「皆ハバネロと『ハバナダ』トウガラシの違いを見分けたいと思っています」とマズレク氏は言います。「ハバナダ」と思ってハバネロをかじった時のことを考えてみれば理由はわかりますよね。
このトウガラシのデコボコした見かけにはもう 1 つのメリットがあります。家で料理する人のほとんどは、トウガラシの中の種がついている白い部分を取り除く習慣があります。「『ハバナダ』では、風味と香りのすべてがこの白い部分に入っているのです」とマズレク氏は言います。「ですから『ハバナダ』は、料理する人がこの白い種の部分を取り除いて風味を味わう体験を不意にしてしまわないように、わざとデコボコさせて取り出すのを難しくしているのです」
辛味のないエアルーム品種
この辛味のないハバネロは、植物育種者、シェフ、トウガラシ愛好家にとってワクワクするような画期的品種改良です。でも、これが初めてではありません。実際、いくつかのコミュニティではこうした風味のトウガラシは代々伝えられてきた宝物なのです。
J.・デンスモアさん (J. Densmore) は、キューバ東部のオルギン州に生まれました。この地域では、料理を作る人にとって、アロス・コン・ポヨと呼ばれる小さな赤いトウガラシはおなじみのスパイストウガラシでした。アロス・コン・ポヨは、それと同じ名前の一般的なキューバ料理(鶏肉と米)のような風味があるためそう名付けられましたが、ハバネロと驚くほど似ていていながらも、完熟すると実が明るい赤色になります。このトウガラシは辛味がゼロではありませんが、ハバネロの伝統品種とくらべると格段に穏やかです。
デンスモアさんが 10 才の時、一家はアメリカに移住しました。40 年後、はじめてデンスモアさんはキューバに戻り、少女の時に会ったきりの親戚と再会しました。旅も終わりに近づいて、デンスモアさんは小さい時に食べたアロス・コン・ポヨのトウガラシを探すのを手伝ってほしいと友人に頼みました。2 人は地域の市場でいくつかのアロス・コン・ポヨを買い、デンスモアさんはアメリカの家に持ち帰るために種を乾かしました。
「どこにでもしまいました。自分のスーツケース、機内持ち込み用荷物、私のポケット、娘のスーツケース」とデンスモアさんは語ります。「こうすればどれかが取り上げられても、他のところに入れた種を何とか家に持ち帰れるだろうと思ったのです」。種は無事に家に持ち帰ることができ、デンスモアさんはすぐにその種を播きました。
デンスモアさんは自分の家族のためだけでなく、ベイカークリーク・エアルームシーズ [Baker Creek Heirloom Seeds:エアルーム種を扱う種子販売業者] 用にもこのトウガラシを育てはじめました。ベイカークリークの創立者であるジェレ・ゲトル (Jere Gettle) 氏は、アロス・コン・ポヨは自分のお気に入りのスパイストウガラシの 1 つだと言います。「風味のあるトウガラシが必要な時はいつでもこれを使いますね」とゲトル氏は言います。
場所によってアヒ・デュルセ (ají dulce)、アヒ・カチューチャ (ají cachucha)、アヒ・グストーソ (ají gustoso)、というように様々な名前で呼ばれるエアルーム種のスパイストウガラシは、カリブ海や中央アメリカの至る所で見つかります。「トウガラシとはそういうものなのです。それぞれのコミュニティには世代から世代へと栽培されている特定の種類のトウガラシがあります」とクーン氏は言います。
最初はひっかかる
「ハバナダ」はハバネロとの違いがほとんどないために選抜されましたが、ニューメキシコ州立大学では品種改良を続けて、この辛味のないトウガラシを使って違った性質の品種を作っています。2015 年に公表された「ヌメックス・トリックオアトリート (NuMex Trick-or-Treat) 」は、「オレンジ・ハバネロ (Orange Habanero) 」とコロンビア原産の辛さ控えめなトウガラシとの交配種です。「オレンジ・ハバネロとそっくりの見かけながらまったく辛くないところが、私たちは気に入っています」と言うのは調査員のダニス・クーン氏。「これであなたのお友達も簡単にトリックに引っかかってしまいますよ」
ほぼどれもお暑いのがお好き
デンスモアさんが種を守りに東キューバに戻ってくれたおかげで、私はアロス・コン・ポヨをペンシルベニアの自分の菜園で育てることができます。ハバネロは原産地の熱帯の環境に適応しますが、夏が暑い場所ならどこでも旺盛に繁茂します。
「雑草のようなものです」とゲトル氏は言います。「育てるのは本当に簡単です。辛味のないハバネロ品種はすべて、暖かい気候でさえあれば、おかしいくらいに実をつけることが多いのです」
アロス・コン・ポヨは収穫できるまでに時間がかかりますが、一度実をつけはじめたらたくさん実がなります。私は他のピーマンやトウガラシと一緒に組み合わせて植えました。実をつけはじめるのが劇的に遅いとは気づきませんでしたが、確かにたくさん実をつけました。
「ハバナダ」は同じように暖かい気候に適応しますが、マズレク氏によれば今までのところニューヨークからフロリダまでどこででも旺盛に繁茂したということです。
「ピーマンやハラペーニョとは育ち方が違います。栽培期間は長く、種は小さく、苗も小さい。ですからそうしたことを前提にして栽培の計画を立てる必要があります」とマズレク氏。「『ハバナダ』のトウガラシは勢いがつくまでしばらくかかりますが、勢いが出はじめたら周りを支柱で囲むことをおすすめします」
こうしたトウガラシは実をつけるようになるには健康で養分が足りている状態である必要がありますが、マズレク氏は苗が開花するまでは窒素肥料の投入を控えるべきだと言います。堆肥分が土にありすぎると、実をつけずに大変な量の茎葉をつけるようになるそうです。「トウガラシの収量を上げたいなら」とマズレク氏は言います。「栄養成長 [葉や茎を形成する] から生殖成長 [開花、結実し、種子をつける] に移れるようにしないといけません」
適切な条件のもとでは、アロス・コン・ポヨと「ハバナダ」は両方とも多年生植物として育てられます。デンスモアさんは、自分のアロス・コン・ポヨを畑から引き抜いて、冬の間中地下室に保管しておくことがよくあります。「こうすれば翌年の春には、また外に植えられる 90cm のアロス・コン・ポヨの苗が手元にあるというわけです」とデンスモアさんは言います。
キッチンを風味豊かにする
私はアロス・コン・ポヨを様々な調理方法で使っていますが、特に美味しいと思うのはいろいろなご飯もののベース風味に使う方法です。「たった1つのトウガラシにたくさんの風味がつまっています」とデンスモアさん。「まるまる 1 クォート (0.95L) の豆に風味をつけるのに、3、4 つのトウガラシを使うことがあります。さらに他のハーブやスパイスも足しますが、こうしたトウガラシを足せばちょっとした新鮮な野菜や南国の雰囲気を出すのに十分なのです」
クーン氏はこの「ヌメックス・スワベ・オレンジ」と「ヌメックス・スワベ・レッド」は風味が他のトウガラシと違って果物や花のような香りがするので、これを組み合わせるとフルーツ・サルサやチャツネによく合うと言います。
収穫を終えると、アロス・コン・ポヨでチリソース作りの計画を立てます。料理で香味や辛味を味わうのと同じように、涙も出ず舌も焼けない「辛味」ソースを私は楽しみにしているのです。
アンドリュー・ムーア (Andrew Moore) は、ペンシルベニア州ピッツバーグのフリーランスライター。 彼は「Pawpaw:In Search of America's Forgotten Fruit」の著者。
たのしい暮らしをつくるマザーアースニューズ
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